【名古屋店 山行報告】厳冬期槍ヶ岳北鎌尾根 2021.1/13-21

2021-01-24

みなさんこんにちは。
 
石井スポーツ名古屋 ファイントラックのキスケです。
 
名古屋では緊急事態宣言が出ていますが、その前に槍ヶ岳北鎌尾根へ行ってきました。
 
厳冬期北鎌尾根と言えば、松濤明や加藤文太郎などの名だたる登山家を飲み込んだり、数々のドラマを作ってきた場所です。
 
自分が雪山を始めた当初、山岳会の先輩が冬季の北鎌尾根に行った時から、自分もいつか厳冬期の北鎌尾根に挑戦しようと思い描いていました。
 
大町山岳博物館へ行って、松濤明の手帳を読んだり厳冬期の北鎌尾根について調べたりしていくうちに北鎌尾根に、特別な思いを抱くようになりました。
 
「出来るならば、年末などの人が入る時期を避けて、人が入らないタイミングで、厳冬期でも一番厳しいと言われてる1月か2月に真っ向勝負したい。それも、さらに足を伸ばして西穂高まで縦走がしたい。」
 
そういった思いで、いつものパートナー「とくさん」と気持ちが合致して計画を立てました。
 
 


始めに

計画は綿密に10日+予備日4日の2週間。

荷物は、軽量化に軽量化を重ねて25.3キロまで削ることができた。

 

そのうち口に入るものは、8キロにも及んだ。
北鎌尾根に挑戦するのに1ヶ月前から天気図や予報を毎日見ていた。
今年は、近年には珍しく雪が多い。

 

厳しい条件で行く事を望んだ割には、強い冬型になる度、ため息が出た。
そんな事を思いつつも、出発の日が近づいてくる。
幸いなことに、入山日から1週間くらい比較的天気がいい。
誘い込まれてるのか歓迎されてるのかわからないが、幾分肩の荷は軽くなった。

 

1/13 1日目 曇りのち晴れ
「葛温泉→湯俣温泉」

 

葛温泉を5時に出発する。
高瀬ダムまでは、除雪されているのでただ歩くだけだ。
高瀬ダムの一つ目のトンネルを抜けた後から、勝負は始まる。

 

一体どれくらいの深さなんだろうか…?

 

恐る恐る進んでいくと、高瀬ダムの林道ですらふくらはぎ程度のラッセルだった。
高瀬ダムの林道を越えて湯俣への登山口では、膝下ラッセルになり名無し小屋からは、膝を越えてのラッセルになった。

 

本日の目標は千天出合だったが、この雪の多さではとてもじゃないが行けない。
1日ラッセルを頑張ったが湯俣温泉までしか行けず、仕方なく幕営する事にする。

 

1/14 2日目 晴れ

「湯俣温泉→千天出合手前1570m地点」

 

本日は、北鎌尾根の一つの核心である、水俣川の渡渉がある。
去年は秋にあまり雨が降っていないので、水量は少ないと思っていた。

 

朝一から、太腿くらいのラッセルが始まる。
高巻きをしたり、飛び石でやり過ごしたら何とか渡渉を回避していた。しかし、やはりラッセルが厳しく全然進まない。

 

千切れそうな残置ロープでトラバースする所は、アイスが張っており行けない。際どい飛び石でなんとかする。

 

『千切れそうな残置ロープのトラバース』

 

その後、避けていた渡渉が出てきて仕方なく靴を脱いで渡渉する。
今回は、ネオプレンソックスで渡渉して対岸に渡ったら、足を拭いて靴を履く作戦だ。

 

『渡渉するパートナーのとくさん』

 

結局この日は、2回の渡渉をする。
千天出合手前の1570m地点くらいで薄暗くなり始めたので幕営。
この雪の多さでは、千天出合までもつかなかった。
最初から遅れ気味だが、焦ってはいけない。
現実的に、このラッセル量ではとてもじゃないが普通の記録のようには進めない。

 

1/15 3日目 晴れ

 

「千天出合手前1570m地点→P2尾根取付」

 

この日は、幕営地から渡渉する。
暗いと渡渉がやや怖いので明るくなったタイミングで渡渉する。

 

渡渉し終わって、靴を履いていたらバイルをテント地に忘れた事に気付く…
我ながら何と間抜けなんだろうか…

 

仕方なく、渡渉の往復をして取りに行く。

 

『バイルを取りにいく私』

 

その後200m進んだらまた渡渉があった。

 

この渡渉はかなり厳しく、渡渉してからキノコ雪の処理があった。
先行したパートナーのとくさんが、苦戦していて自分はそれに続いたあまり、水中に10分くらい足がつかりっぱなしだった。
ちゃんと対岸に渡った事を確認してからいけば、そんな目に合わなかったのだが…
これには死ぬほど後悔した。

 

その後、足を拭き行動を開始するも足の冷えは午後まで元に戻らなかった。

 

千天出合を通り過ぎて、P2尾根に向かう。
天上沢を少し遡り、最後の渡渉を終えると13時だった。
この雪の多さではP2尾根を登ると幕営適地がないのと、夜になってしまう為P2基部で幕営。
天上沢から水も取れるので、ガスの節約にはなった。

 

1/16 4日目 風雪
「P2尾根取付→P3手前のコル」

 

4日目にして、やっと北鎌尾根に取り付く。

 

パートナーのとくさんは、以前年末年始の北鎌尾根に来ており、その時は3日でぬけている。
今回は、別次元の難しさと話していた。
P2尾根ももちろんラッセルであるここまでラッセルの平均を取ったら太腿から腰あたりだろうか…
P2尾根は、上部に行くにつれて急になっており2ピッチロープを出した。
北鎌尾根上に乗り上げれば、ラッセルから解放されるかと思いきや、そんなことはなかった。
この日は、湿った雪と風が強く体が酷く濡れる。
なので、幕営地を考えないと何度夜に雪掻きをさせられるかわからない。

 

P3手前のコルに半雪洞を作れそうな雪庇を発見。
そこで半雪洞テントを張った。
絶壁の中の半雪洞テントだが、なかなか厳しいビバークをしてるみたいでいい。

 

『半雪洞テント』

 

夜は、シュラフが濡れて寒くてなかなか寝られなかった。
しかし、まさに冬雪のビバークだった。

 

1/17 5日目 曇り

「P3手前のコル→P5手前」

昨日の風雪の影響か朝一から激烈なラッセルが始まる。
もう5日目になるが、未だラッセルから解放されない。
膝上は基本で、多いところでは頭まである。

 

一生懸命ラッセルをしていたら、雪庇を踏み抜き20mほど滑落した。
滑落停止を試みたが、雪が深いので全く利かず、滑落して転がっている最中にふと見えた木に足から着地してなんとか止まった。命を救われた。

 

雪庇があるのは、分かってはいたが自分が思ったよりだいぶ早かった。
藪を嫌って、行きやすそうな所に逃げたのが直接的な原因だった。
しかし、落ちてる時も冷静で不意の滑落にも落ち着いて対応出来てる事に驚いた。

 

その後も変わらず、ずっとラッセル。P5付近は、雪が多すぎてルートが良くわからなくなっていた。
とくさんがリードして直登を試みたが出来ず、時間切れでP5手前に、昨日同様半雪洞をつくりテントを張る。
この日くらいから、手の爪と指の間が切れてくる。ささくれも出来ていて血が出たりしている。

 

おそらく栄養が足りていないのだろう。

 

『P5の直登を試みる』
1/18 6日目 晴れ後曇り

「P5手前→ 北鎌尾根2570m付近」

前日直登出来なかったP5は、激烈なラッセルトラバースをしてなんとか越えた。


『激烈ラッセルトラバース』

P6は千丈沢側を巻いたが、切れ落ちていてかなり怖かった。

 

その後、基本的にはラッセルでなかなか進まない。
北鎌のコルへは、2ピッチ懸垂したが、雪が多い影響で全く面影がない。
その後ラッセルして、2570m に雪洞を掘り一日を終える。
本日、6日目にして、流石にこの雪の量では西穂高までの縦走は不可能なので、二人で話し合って北鎌から無事に帰る事を考える。

 

命を守る行動をしないといけない。

 

1/19 7日目 吹雪後晴れ

「停滞」

前日作った雪洞に停滞する。
朝食を作っている時に、突如雪洞が崩壊して何の用意もしてないうちに吹雪の中にさらされる。
いきなりの事に焦る。

 

パートナーのとくさんは、壊れた雪洞を半雪洞にしてテントを張ろうと言うが、壊れた雪洞の掻き出しと雪の吹き込みの激しさから、もう一度雪洞を作ろうと提案し、それを採用。
二人で協力をして、1時間半くらいで雪洞完成。
雪洞が完成したタイミングで晴れてくる。
北鎌尾根には、何度期待を裏切られてきただろうか…

 

『晴れてはいるものの風は強く雪煙が舞っている』

 

外は晴れていたが、風は強く行動していても大変だっただろうと思い聞かせ、シュラフや手袋、靴下をアイロン(ナルゲンに熱いお湯を入れたもの)で乾かす。
1日中アイロンをかけていたおかげで手持ちのものは、ほとんど乾いた。
この日は停滞で良かった。

 

毎日ハードなラッセルときわどいクライミングを繰り返していて、精神と肉体はかなり消耗していた。気持ちの安まる所は、ほとんどなかった。
4日目で濡れて以降、満足いく睡眠もほとんど取れていなかった。
ただ新しい雪洞も天井が薄く崩壊する恐れがある。
風が強く吹く音にビビりながら、就寝する。

 

1/20 8日目 晴

「北鎌尾根2570m付近→槍ヶ岳山荘」

この日、気持ち的には何としても槍ヶ岳山荘まで行きたかった。

 

今の北鎌尾根は、危険すぎる…
そして、電波はここまで全く入らず情報もない。
今の我々にあるものは、1週間前の天気図だが信憑性はほとんどない。

 

3時に起きる。
雪洞がだいぶ下がってきていて、とくさんを起こす。
狭いので、準備がなかなか捗らない。
風は強いが、天気は悪くはなさそうだ。
僕がいろいろ準備をしていると、とくさんは先にトレースをつけに行くと言う。後を追いかけるがなかなか追いつかない。

 

2700mくらいから、やっとラッセルから解放される。
実に7日間に渡るラッセル地獄だった。

 

天狗の腰掛けで、夜が明ける。

 

なんとも独標が神々しい!これからあれを登るのだ…風は強いが天気には恵まれた。

 

『夜明けの独標』

 

独標は、冬季ルート通り左側の急なルンゼを登る。
ロープをつけ1ピッチ目は、自分がリードで登るが下部はスカスカの雪で除雪しながら登る。
太い灌木で支点を取った後は、一点締まった雪壁になるが下部を除雪した影響でややハングしている。
雪の状況が良ければ、なんともないピッチだと思うのだが、難しかった。

 

2ピッチ目は、とくさんリード。
岩稜のリッジを登る。ここは、そんなに難しくない。
3ピッチ目は、自分がリードしたが2ピッチ目よりも簡単でロープはなくてもいいくらいだが、よくわからないので念のため出した。

 

『独標後の1枚』

 

独標を越えると槍ヶ岳がよく見える。
とうとうここまで来れたのだ。

 

しかし、この先のルートファインディングも難しく、時折嫌なトラバースや急雪壁なども出てきた。
槍ヶ岳は、近く見えるのだがなかなか進まない。
前日停滞してるとはいえ、8日目。
荷物もまだ20キロは越えているだろう…行動時間も長く気も抜けないので、かなり消耗している。

 

しかし、独標を越えてからのいい幕営地はあまりない。
あっても風の影響が強かったり、決して快適ではないだろう。
厳しくても、消耗していてもひたすら歩く。
もう亀のような歩みだが、しっかり一歩一歩進んでいる。

 

やっとの思いで槍ヶ岳の麓に着く。
槍ヶ岳直下は、弱点に次ぐ弱点を攻めた結果、ロープは使わずに槍ヶ岳に行けた。
かなり消耗しているが、なんとか頂上だ。

 

もう登らなくてもいいのだ…

 

槍ヶ岳頂上

 

寒さで、iPhoneが動かないが温めて写真だけ撮った。

 

後は、気をつけて下降して安全地帯の槍ヶ岳山荘へ向かった。
槍ヶ岳山荘は、快適だったがここはまだ3000m。
結構寒かった。風も強かったので、北鎌平でビバークしていたら、やっぱり大変だったと思う。
体に鞭打って歩いてよかった。
西穂高までは、無理でもせめて大キレットは越えられないかとも思ったが、ここまで8日間ほとんどの行程でいっぱいいっぱいだった。
加えて、天候も悪いとなってはとても越えられない。
大人しく下山しよう。
ノートレースのラッセル地獄の下山路も最低2日はかかるのだ。
下手したら3日かかるかもしれない…

 

1/21 9日目 晴

「槍ヶ岳山荘→新穂高駐車場」

昨日の疲れの影響で6時まで寝ていた。

 

そこから用意して、7時半頃出発。
今年は標高が低い所では雪が多いものの標高が高い所では、逆に雪が少ない。
飛騨沢の上部は、雪が少なかったので飛騨沢を下山。
2600mを過ぎたあたりからまた、ラッセル。

 

当然トレースはない。

 

『最終日も天気はいい』

 

槍平小屋までも割と時間はかかり、本日の下山は厳しいと思われた。
ラッセルを二人で回していくと、なんと滝谷あたりでトレースを発見!!
自分達の力だけで、行く事を思い描いていたはずなのにトレースを発見して心底安堵した。それと同時に自分の気持ちの弱さを痛感した。

 

トレースがあればこっちのもので夏道ペースで帰れ、15:00には新穂高に帰る事が出来た。

 

終わりに

今回、西穂高までの縦走は叶いませんでしたが、北鎌尾根の難易度もかなり高く、自分たちの力を出し切り何とかやり切る事が出来ました。 

生きて帰って来れた感とでもいうのでしょうか…

 

久しぶりにそう言った気持ちになりました。

 

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