登山靴技術研究所

石井スポーツには、「登山靴技術研究所」という看板を下げた製靴工場があります。

石井スポーツには、「登山靴技術研究所」という看板を下げた製靴工場があります。登山靴を中心とした修理・製造全般を行っています。多分、業界では珍しいことではないでしょうか?

弊社は、登山用品全般を取り扱う小売店のイメージを持たれていらっしゃる方が多いと思いますが、実は紳士靴で創業した企業です。現在は、登山・スキー用品の製造・販売を行っていますが、当時からありました製靴工場が何度かの引っ越しを経た今でも本社にございます。

石井スポーツの原点は、この「製靴工場」にあるといっても過言ではありません。

創業当時からの諸先輩方のDNA、モチベーション、そして登山に対する愛情が詰まった、この石井スポーツのベース基地となる製靴工場を今回はご紹介させていただきます。

<製靴工場について 目次>

<「登山靴技術研究所で働く、こだわりの岳人」リポート Vol.2 目次>

製靴工場の歴史

創業は、紳士靴の製造、販売からのスタート。
登山靴を取り扱い始めた当初から、お店の隅に製靴工場がありました。

弊社創業者の石井千秋は、もともと紳士靴の職人でした。

最初は、自分と奥さんの二人で紳士靴の製造・販売の小さな店を営んでおりました。その後、「スポーツの靴はないの?」というお客様からの声に応えていくうちにスポーツ関連の靴までも取扱うようになりました。スポーツ関連の靴のニーズはどんどん増えていき、ラグビーやサッカー、野球などの靴を頼まれるようになっていきました。

実は、紳士靴よりもスポーツ関連の靴の方が、利益が大きかったため、こちらの分野へ力を注ぐことになり、最終的に登山靴とスキー靴を専門に作るようになりました。

さらに、そこから「ザックはないの?」という、うれしいニーズも出てきたことで、靴以外の商品の取り扱いも始まり、業務を拡大していきました。そのおかげでお店や製靴工場もどんどん大きくなり、現在のビジネスに至りました。

そのような中、製靴工場は大久保通りにあったお店の時代からありました。登山靴を作りだし、店がどんどん大きくなりだしたので、店舗の2階や店の裏などのスペースを使って仕事を行っていたそうです。そこから一旦、裏通りのスペースに製靴工場を移転しました。そこで画期的なことですが、当時の社長の横田の指示で、製靴工場を店舗の隅ではなく、店の中にガラス張りにして出しました。お客様に私共の考え方までもご覧いただける空間ですね。

ただ、その時は、スキーの本店と一緒になっていたので、せっかくガラス張りにしたのですが、店がどんどん忙しくなるにつれ、ガラス面のところにスキー板がどんどん並んで立てかけられていき、最終的にはガラス面がほとんど意味が無くなったようでした。

それからも、お店の方は「登山本店」「スキー本店」などのお店を集合させるために、新大久保で何度か引っ越しを繰り返しました。その時も製靴工場はずっと同じ場所にありました。しかし、お店の本社機能を四谷に移すことになり、そこで製靴工場も一緒に移動することになりました。

そして、今現在の市ヶ谷の製靴工場に至ります。

製靴工場の主な作業内容

オリジナルハンドメイド靴の製作と修理

まずは、オリジナルのハンドメイドの靴を制作すること。

もう一つは、お客さんから預かった靴の修理をすること。

これが製靴工場の大きな2本柱です。最近は、店舗スタッフからの要望で、「登山靴相談会」というのを店舗に出張して行っています。

いつも製靴工場内で仕事をしているスタッフにとっても、お客様の生の声が直接聞ける貴重な機会でもあります。

「登山靴相談会」に関しては、MAXでも2ヶ月に1回程度の開催となっています。相談会で預かってきたら、それをこなすのに1ヶ月ちょっとかかります。その場でできるものはその場で対応完了いたしますが、やはりその場で解決できないものもあり持ち帰っての修理となります。

主な相談内容はほとんどが、「当たって、痛い」というものです。登山靴に限らず靴は全部そうですが、自分の足にフィットしないとなりません。それをどうやってクリアするか、というところが腕の見せどころです。

製靴工場の仕事の仕方・流れ

預かった靴は、一人のスタッフが最後まで対応。

私たちの製靴工場は一人がとりかかったものを最後までやるというシステムですので、一日の決まった仕事の流れというのは特にありません。分業制ではなく、一つの仕事は全部一人でやります。

製靴工場のスタッフは、この仕事の一から十までを対応できる基本的な技術を持っています。

しかし、時代の技術革新とともに必要な修理技術も変化していきます。

現状に甘んじることなく、本人の技量をさらに伸ばす意味で、新たなものにチャレンジすることにも取り組み、少しずつでも技術の向上に努めています。

基本的には、1人で全てできるのが私共の仕事の理想です。

修理内容ベスト3!

一番多いのは、「靴底の張替え」

まず、1番目は靴底の張替え(ビブラム替えというもの)。一般的にはリソールやソール替えといいますが、とにかく修理のNo.1です。

2番目はほつれ直し。あちこちミシンで縫ってあるところがあるのですが、そこが擦り切れてフック、靴ひもを留める金具が取れてしまって修理に出されることが多いです。

3番目は傷んだ革パーツの交換(エリ替え)等です。

時々、非常に難易度の高い修理を頼まれることがありますが、お客様から「直してくれ」と言われたら直します。ただ、どうしても費用が掛かってしまうことをお伝えし、ご理解いただいた上で対応します。まれに「さすがにこれは、危ない」という時には、きっぱりお断りする場合もあります。

『靴は、命に直結しているもの』という感覚はスタッフ全員が強く意識しているので、どんなに傷みが酷くてもお客様に修理費用をお支払いいただければ当然修理します。もちろん修理可能なものに限ってのお話です。

120%安心して渡せる状態になるのでしたら、修理対応するのが当製靴工場のポリシーです。

「登山靴技術研究所で働く、こだわりの職人」リポート

それでは、この「登山靴技術研究所」に関しまして、実際製靴工場で働いているスタッフから、ディープな生リポートをお届けいたします!

今回の「石井スポーツで働く、こだわりの職人」

製靴工場工場長の松下 晃久です!
2019年3月から新しく工場長に就任致しました。

あまり話すことは得意ではありませんが、今回は私とこの「登山靴技術研究所」との出会いについてお話させて頂きます。

是非、ご一読ください。

松下工場長の略歴

やりたいことを、ずっと探していたんです。

私は、ずっと「自分のやりたいこと」を探していて、特に靴職人を目指していたわけではありませんでした。いろいろ回り道をして今にたどり着いています。

大学を出て就職し社会人になっても、「自分が本当にやりたいことは何だろう?」と考えていて…サッカー部に所属していた経験から「靴」に興味が湧いていた頃でもありました。その後、会社を辞めて、「整形靴」という、「個人の足の形状・症状に合わせて作られる靴」を作る技術者を目指すため、整形靴の専門学校に入学しました。

専門学校1年目のとき、同級生たちと「会社見学」に行こうという話になり、いろいろ調べていたら石井スポーツのホームページを見つけました。登山靴をハンドメイドで作っている、というところに興味を持って、当時住んでいた大阪から東京まで見学に行きました。これが、製靴工場との最初の出会いです。

実際に見学に行ったら、ちょうど製靴工場が人員募集をしていて。募集しているなら、受けてみようか?と思いました。専門学校の1年目半ばころの話です。すぐ学校を辞めるわけにもいかず、とりあえず1年目の授業はすべて受ける、と決めました。そして2年になる前に、石井スポーツ製靴工場の採用試験を受けました。で、受かりまして…進級せず、石井スポーツに入社しました。2007年頃の話ですね。

どうして靴職人になったのか?

器用な方ではないので、逆にやってみたくなるんです。

整形靴の専門学校に入学したのは、もちろんサッカーをやっていたこともきっかけの1つではあるんですが、私は足が大きいので合う靴がなかなか無いんですね。なら、同じ悩みを持つ人もいるんじゃないか?その人の為に、自分が靴を作れないか?と思いまして。決して技術力があったり、手先が器用な方ではないんですが、その時は「やってみたい」という前向きな気持ちになれました。

専門学校は1年しか行けませんでしたが、学費は自分で支払っていたので、自然と「きちんと勉強しなければいけない」という気持ちになりました。なので自分なりにですが、1年間きちんと勉強したな、という想いはあります。必要な時間、貴重な経験だったと思いますね。

石井スポーツで靴職人になったのは、上記で言った通りホームページを見たからと、ちょうど職人を募集していたタイミングで…元々アウトドアに興味はあって、大阪にあるIBS石井スポーツ本店(現在の「Mt.石井スポーツ大阪本店」)に行ったこともあったので、知っている会社ではありました。

どうやって技術を学んだか?

入社してから、まずは中(元)工場長に仕事を教わりました。製靴工場としてオーダーメイド登山靴の作製依頼も受けてはいるんですが、新人の仕事は「登山靴の修理」です。修理内容の7割くらいは靴底の張替えですね。あまりに修理が多いので、新しい技術を学ぶ時間はなかなかとれなくて。でも最近は、週に1日など時間を作って、製靴技術を学ぶ場を設けています。

中(元)工場長に教わったこと

「今まで学んだことはすべて忘れろ!」と言われました。

まだ中(元)工場長には教えていただくことが沢山あります!中(元)工場長の教え方は「1つが完璧にできるようになったら、次のステップ」という風に段階を踏むので、まずは今教わっていることを完璧にマスターしないといけません。学校では一通り教えてくれるので、そこは違うところですね。

私は分野違いとはいえ、一応靴の専門学校に通っていたので基本はわかっているつもりでいたんですが、中(元)工場長から「今まで学んだことはすべて忘れろ!」「登山靴と紳士靴はまったく違うんだ!」と一喝されてしまいました。なので、ほぼゼロからのスタートになりましたね(笑)

入社して12年ほど経ちますが、現在でも十分に登山靴の知識・技術を身につけられてはいないとも感じます。まだまだ学ぶこと、覚えることが沢山ありまして、普段の仕事以外にも他社製の古い登山靴を参考にしたり、昔の登山具靴カタログなどを見て日々技術向上に励んでいる段階です。

新工場長としてのこれから

一からすべてやってこその「靴職人」

やはり、まだまだ「技術向上」ですね。私の次の課題は「製甲」と呼ばれる、靴のアッパー(足の甲部分)についての工程・技術を学ぶことです。勉強することはたくさんありますが、「製靴工場に就職したから職人」ではなく、靴のすべてを一から1人で作りあげてこそ「靴職人」と名乗りたいと思っています。

松下工場長からお客様へのメッセージ

今はあまり余裕がなくなかなか時間が取れないのですが、実際にお客様と靴のことを「話す」時間が欲しいと思っています。中(元)工場長は「登山靴相談会」等を開いて、定期的にお店へ伺って直接お客様と対話していますが、他の職人はそういった機会を作れていないので、お客様からのフィードバックが受け取れるような環境を作っていきたいなとも考えています。

本当は、修理が終わった後、修理した箇所の説明をして、それからお客様に履いていただきたい…というサービスを想像してはいるのですが、私は口下手なもので…実現するかはわかりません(笑)

ただし、お客様と実際にコミュニケーションをとることが出来ても出来なくても、やることは全く変わりありません。快適に登山を楽しんでいただけるよう、日々しっかり心を込めて靴と向き合っています!

登山靴のことでお困りのことがあれば、まずはお店へいらしてください。気持ちよく履いていただけるよう、私たちが全力で対応させていただきます。

<次回のストーリー>

次回は、靴職人として働いている、2人のスタッフにフォーカスを当ててご紹介致します。

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