登山靴技術研究所

石井スポーツには、「登山靴技術研究所」という看板を下げた製靴工場があります。

石井スポーツには、「登山靴技術研究所」という看板を下げた製靴工場があります。登山靴を中心とした修理・製造全般を行っています。多分、業界では珍しいことではないでしょうか?

弊社は、登山用品全般を取り扱う小売店のイメージを持たれていらっしゃる方が多いと思いますが、実は紳士靴で創業した企業です。現在は、登山・スキー用品の製造・販売を行っていますが、当時からありました製靴工場が何度かの引っ越しを経た今でも本社にございます。

石井スポーツの原点は、この「製靴工場」にあるといっても過言ではありません。

創業当時からの諸先輩方のDNA、モチベーション、そして登山に対する愛情が詰まった、この石井スポーツのベース基地となる製靴工場を今回はご紹介させていただきます。

<「登山靴技術研究所で働く、こだわりの職人」リポート Vol.3 目次>

<製靴工場リニューアル!>

<トピックス>

<製靴工場について 目次>

「登山靴技術研究所で働く、こだわりの職人」リポート

「登山靴技術研究所」職人リポートも3回目!今回は、工場長以下3名の職人をご紹介いたします。

「こだわりの職人」 その1

入社10年目 元店舗スタッフ 山田 周平

はじめまして、靴工場スタッフの山田です。

新宿西口店などで店舗スタッフをしていたところ、中(元)工場長に誘われて、5年ほど前に靴工場へ異動しました。

職人として入社したわけではないのに、なぜ靴職人になったのか?その理由は下記をご一読ください!

山田さんの略歴

最初のキャリアは、”プロダクトデザイナー”でした


作業机の側にはたくさんの本が並ぶ

石井スポーツに入社したのは10年ほど前です。新宿西口店の店舗スタッフとして配属され、ウェアやザック・靴も含めて登山用具全般を担当してました。4年くらい勤めたころ、吉祥寺店に異動になりました。

異動後、西口店で馴染みだったお客様がわざわざ吉祥寺店まできてくれたんですよ。その時、たまたま中(元)工場長も来ていて。僕がお客様と話をしているところを見ていたそうなんですね。その時の接客内容を気に入って、僕のことを覚えていてくれたみたいです。靴工場に欠員が出た時に、「やってみないか?」と声をかけていただきました。

靴の仕事?未経験でしたね….僕、最初の仕事は工業デザイナーだったんです。デザインの専門学校を出て、雑貨のプロダクトデザイナーをしていました。その後いろいろあって、ふらっと行った奥多摩の三頭山が気に入って。アウトドアもいいかな?と思って石井スポーツに入社したんです。職人のような技術系の仕事は経験がありませんでした。

どうして「靴職人」になったのか?

苦手なことに取り組む時のほうが、注意深くできると思って。

誘われて二つ返事で靴職人になったわけですが、特段、登山靴に思い入れがあるというわけではなくて。どちらかというと、靴は苦手です。足が包まれる感じが得意ではなくて…。でも、「苦手なもの」にこそ、注意深く取り組めると思うんです。

得意なことって、得意なので手癖でどんどんやっちゃうじゃないですか。でも、苦手なことは、苦手だから慎重にやる。そうやってコツコツしていくと、いつのまにか苦手を克服している。その積み重ねが嫌いではないんです。だから、靴職人に誘われた時も、未経験だけどやってみよう、極めてやろうと思いました。

今?まだ、登山靴を大好きになるところまでは至ってないですね。靴の仕事は楽しいですが、たまに「またお客様と話がしたいな」と思う時もあります。

これからがんばりたいこと、お客様へのメッセージ

靴工場に入って5年経ちますが、これからも「修理」をしっかりやっていきたいと思っています。靴は「売りっぱなし」ではなく、アフターケアが大事なので、そこにきちんと取り組みたい。修理をすることで、お客様はもちろん、店づくりのお手伝いもしていきたいと思っています。

「こだわりの職人」 その2

唯一の女性職人 奥村 愛

こんにちは、靴工場スタッフの奥村です。

昨年秋より靴工場で働いていますが、靴職人の仕事は未経験でした。店舗スタッフとしての経験もありません。

唐突にこの業界に「飛び込んだ」形にはなりますが、今は毎日楽しいです!ぜひご覧ください。

奥村さんの略歴

”栄養士”から”靴職人”へ

私は本当に未経験で、石井スポーツの店舗スタッフだったわけでもなくて。もともとは栄養士で、食品品質管理の仕事、学童クラブの職員などをしていました。

仕事のかたわら、趣味でアウトドアはしていました。旅が好きなんですよ。富士山に登ったり、温泉に行ったり、海外も行きます。夏にはシンガポールに行ってきました!

山は、「山ごはん」やそのあとの「温泉」など楽しみがあるから良いですよね。今も近場の里山にときどき登っています。ときどき、お店のスタッフの方にも誘っていただいて、一緒に行ったりもしていますね。

どうして「靴職人」になったのか?

大変なこと…特にないですね。本当です!

ふとしたきっかけで「好きなことを仕事にしたい」と思うようになりまして、まずは石井スポーツの「販売スタッフ」のほうにエントリーしました。

エントリー後、靴工場も人員募集が出ているのを知って。どうせならそっちのほうがおもしろそうだ、と思ってそちらに応募変更したら、未経験ですけど採用していただけました。

大変なこと…特にないですね。本当に、毎日楽しくて。まったく未経験なので、最初のころは中(元)工場長がつきっきりで技術指導してくれました。いまは少し慣れてきたので、行程をチェックしてもらいながら1人で作業しています。

これからがんばりたいこと、お客様へのメッセージ

技術的にはまだまだだと思うので、これからも1つ1つ、丁寧に修理に取り組んでいきたいと思います。

「こだわりの職人」 その3

期待の新人 佐藤 健介

2019年11月に入社いたしました、佐藤と申します。前職では靴やバッグの修理をするお店に勤めていました。

靴の専門学校を出ていて、靴修理と並行して趣味の靴づくりもしていましたが、このたび思い切って石井スポーツ 製靴工場に入社いたしました。よろしければご覧ください。

佐藤さんの略歴

登山靴だけは、納得いく修理ができませんでした

もともとスニーカーが好きで、「好き」が仕事になればいいなと思って靴の専門学校に入りました。制靴専門ではなくデザインやマーケティングもトータルに学べる学校だったのですが、その過程で革靴が好きになって、卒業後は靴や革鞄などの修理を専門にしているお店に就職しました。そこには…10年くらい勤めていました。一般的なビジネスシューズや婦人靴などの底の張替えとか、そういうことをやっているお店です。

たまに登山靴を「直してくれ」って持ち込んでくるお客様がいて、そういう時は依頼通り修理はするんですが、登山靴に使用されている素材はふつうの紳士靴とは異なるので、そのままやってもうまくいかないんですよね。もちろん、できる限りの修理はしてお返しするんですが、自分で納得がいく修理ができたことはあまりありませんでした。

そんな折、とある映画の制作会社から「登山靴をこういうふうにカスタマイズしてほしい」という依頼が入りました。結構複雑なカスタマイズが必要で、全力は尽くして納品しました。が、あとから映画を観た限り、おそらくその靴は使われていなかったと思います。

どうして「靴職人」になったのか?

きっかけは「中工場長の登山靴相談コーナー」でした

10年間靴の修理をやっていても、登山靴だけが「確実な」修理ができていないと個人的にずっと思っていました。

そんな時、たまたま訪れた石井スポーツの吉祥寺店で、「中工場長(※当時)の登山靴相談コーナー」のお知らせポスターが貼ってあって。こういうことをやっているんだ、と興味がわきまして、当時市ヶ谷にあった靴工場に見学を申込みました。

実際に靴工場の中を見てみて、ここで働きたい、という想いが湧いてきました。それで前職を辞め、石井スポーツを受けて今に至ります。

これからがんばりたいこと、お客様へのメッセージ

入社後、中(元)工場長から「今までの経験・学んできたことを忘れるのではなく、一度引き出しにしまって、ゼロから学ぶような気持ちでがんばってほしい」という言葉を頂きました。その言葉の通り、ゼロから始める気持ちで、これから頑張っていきたいと思います。

製靴工場リニューアル!新しい工場の様子をご紹介!

石井スポーツ製靴工場は、2019年秋にリニューアルいたしました!以前より広くなった工場の内容を、少しだけ写真にてご紹介致します。


円形に向かい合って作業しています

機器類も間のスペースをとって置けるように

作業机は変わらずです

大きな在庫管理表

TOPICS:松下工場長 OMMで3位入賞!

今秋行われた、OMM JAPAN 2019 KIRIGAMINE-KURUMAYAMA にて、松下工場長がストレートBクラス 3位に入賞!「たいした事じゃないんで」と謙遜される所を、なんとかお願いして少しだけお話を聞かせていただきました。

本当に、特に話すほどのことじゃないんですが…. (そこをなんとか!by広報部)

そうですね…実はOMMには2回目以降すべて参加してて、今年は5回目の参加になります。

ミドルやスコアロングクラスにも出たことがあるんですが、一度、すごく雪が降って、大変なコンディションの中で参加したことがありまして。それ以降はストレートで参加するようにしてます。今回も、大会の数か月前に鎖骨を骨折して、殆どまともなトレーニングができていないまま参加しました。唯一、直前に丹沢の搭ノ岳に登りました。トレーニングらしいことはそのくらいしかできませんでした。

どうしてOMMに参加するのか?そうですね、年に1回くらい、「目標」になることを作ったほうが良いと思ったのと、参加者の方の装備や靴などいろいろ見れて勉強になるのが目的ですね。

松下工場長、半分強引にお願いしてしまいましたが、インタビューに答えていただきありがとうございました!今後のご活躍も期待しております!

製靴工場の歴史

創業は、紳士靴の製造、販売からのスタート。
登山靴を取り扱い始めた当初から、お店の隅に製靴工場がありました。

弊社創業者の石井千秋は、もともと紳士靴の職人でした。

最初は、自分と奥さんの二人で紳士靴の製造・販売の小さな店を営んでおりました。その後、「スポーツの靴はないの?」というお客様からの声に応えていくうちにスポーツ関連の靴までも取扱うようになりました。スポーツ関連の靴のニーズはどんどん増えていき、ラグビーやサッカー、野球などの靴を頼まれるようになっていきました。

実は、紳士靴よりもスポーツ関連の靴の方が、利益が大きかったため、こちらの分野へ力を注ぐことになり、最終的に登山靴とスキー靴を専門に作るようになりました。

さらに、そこから「ザックはないの?」という、うれしいニーズも出てきたことで、靴以外の商品の取り扱いも始まり、業務を拡大していきました。そのおかげでお店や製靴工場もどんどん大きくなり、現在のビジネスに至りました。

そのような中、製靴工場は大久保通りにあったお店の時代からありました。登山靴を作りだし、店がどんどん大きくなりだしたので、店舗の2階や店の裏などのスペースを使って仕事を行っていたそうです。そこから一旦、裏通りのスペースに製靴工場を移転しました。そこで画期的なことですが、当時の社長の横田の指示で、製靴工場を店舗の隅ではなく、店の中にガラス張りにして出しました。お客様に私共の考え方までもご覧いただける空間ですね。

ただ、その時は、スキーの本店と一緒になっていたので、せっかくガラス張りにしたのですが、店がどんどん忙しくなるにつれ、ガラス面のところにスキー板がどんどん並んで立てかけられていき、最終的にはガラス面がほとんど意味が無くなったようでした。

それからも、お店の方は「登山本店」「スキー本店」などのお店を集合させるために、新大久保で何度か引っ越しを繰り返しました。その時も製靴工場はずっと同じ場所にありました。しかし、お店の本社機能を四谷に移すことになり、そこで製靴工場も一緒に移動することになりました。

そして、今現在の市ヶ谷の製靴工場に至ります。

製靴工場の主な作業内容

オリジナルハンドメイド靴の製作と修理

まずは、オリジナルのハンドメイドの靴を制作すること。

もう一つは、お客さんから預かった靴の修理をすること。

これが製靴工場の大きな2本柱です。最近は、店舗スタッフからの要望で、「登山靴相談会」というのを店舗に出張して行っています。

いつも製靴工場内で仕事をしているスタッフにとっても、お客様の生の声が直接聞ける貴重な機会でもあります。

「登山靴相談会」に関しては、MAXでも2ヶ月に1回程度の開催となっています。相談会で預かってきたら、それをこなすのに1ヶ月ちょっとかかります。その場でできるものはその場で対応完了いたしますが、やはりその場で解決できないものもあり持ち帰っての修理となります。

主な相談内容はほとんどが、「当たって、痛い」というものです。登山靴に限らず靴は全部そうですが、自分の足にフィットしないとなりません。それをどうやってクリアするか、というところが腕の見せどころです。

製靴工場の仕事の仕方・流れ

預かった靴は、一人のスタッフが最後まで対応。

私たちの製靴工場は一人がとりかかったものを最後までやるというシステムですので、一日の決まった仕事の流れというのは特にありません。分業制ではなく、一つの仕事は全部一人でやります。

製靴工場のスタッフは、この仕事の一から十までを対応できる基本的な技術を持っています。

しかし、時代の技術革新とともに必要な修理技術も変化していきます。

現状に甘んじることなく、本人の技量をさらに伸ばす意味で、新たなものにチャレンジすることにも取り組み、少しずつでも技術の向上に努めています。

基本的には、1人で全てできるのが私共の仕事の理想です。

修理内容ベスト3!

一番多いのは、「靴底の張替え」

まず、1番目は靴底の張替え(ビブラム替えというもの)。一般的にはリソールやソール替えといいますが、とにかく修理のNo.1です。

2番目はほつれ直し。あちこちミシンで縫ってあるところがあるのですが、そこが擦り切れてフック、靴ひもを留める金具が取れてしまって修理に出されることが多いです。

3番目は傷んだ革パーツの交換(エリ替え)等です。

時々、非常に難易度の高い修理を頼まれることがありますが、お客様から「直してくれ」と言われたら直します。ただ、どうしても費用が掛かってしまうことをお伝えし、ご理解いただいた上で対応します。まれに「さすがにこれは、危ない」という時には、きっぱりお断りする場合もあります。

『靴は、命に直結しているもの』という感覚はスタッフ全員が強く意識しているので、どんなに傷みが酷くてもお客様に修理費用をお支払いいただければ当然修理します。もちろん修理可能なものに限ってのお話です。

120%安心して渡せる状態になるのでしたら、修理対応するのが当製靴工場のポリシーです。

<次回のストーリー>

次回は、店頭で修理に出された靴が、修理され「帰ってくるまで」のストーリーをお届けします。

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